| こぶとり物語−子宮筋腫、私の場合 4 |
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| 患者番号93864 | |
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27日手に負えなくなったのか消化器外科の診察。腸の働きをよくする薬3種。浣腸は拒絶。レントゲン。こんなに毎日レントゲンの放射能を浴びて大丈夫なのか? 夕方から水を飲めるようになった。 28日朝から流動食。朝、昼下痢。全く極端な腸だ。 実は入院前に買ったナシがずうっと冷蔵庫にあった。これ以上とっておくと傷んでしまう。内緒で食べてみた。 いきなりこんな繊維質のものを食べたら大変なことになるかもしれない、レントゲンでばれたらどうしようとドキドキしたが、同室の人に告白したら笑ってくれた。 さらに前進、夕方には抜糸。担当の女医さんが「お腹の張りもなくなってきたわね、食事は?」と聞くので、「今日の朝から離乳食になりました。あ?それは赤ちゃんだ」。笑うと傷が痛む。 「好きだな、私」と女医さんコンビも笑った。点滴も今日で終了。 29日ガスに気を取られて忘れられてたリュープリンの注射。通院の時は薬の瓶を示して確認するのに、いきなり液体の入った注射器を持ってきたので一抹の不安を感じた。 回診。今回は主治医の内診なので前回より抵抗は少ない。 昨日のナシがばれたわけでもないのに、また点滴。引っ張って歩かなきゃならないのが不便。今日から五分粥のはずが再び流動食。夕食は三分粥。もう勘弁してくれ! 母が来てくれて、退院前の主治医の話。「腸については心配したが、とにかく動くこと。傷は問題ない」。 30日レントゲン、薬を飲んでからずっと下痢なのでナシは映っていないはず。10日ぶりの入浴。 恋人が「ずいぶん元気になったね」と言う。 10月1日、明日退院だと告げられた。嬉しい。普通食に戻れなかったのが悔しいが。 同室女性との素敵な出会いもあった。その人は石垣島で美容院をやっているとのことなのでいつか訪ねたい。 退院の前に渡される書類には患者本人への諸注意の他に、パートナーへのアドバイスもあった。「子宮をとってしまっても女性であることに変わりはありません」と当たり前のことが書いてある。世間にはまだそんなに理解の無い人もいるのだろうか。 退院の日、主治医と話。「子作りは来年になってから」「お酒は血管が開くのでしばらく控えて」「1ヶ月弱は家で療養して」等とアドバイスされた。 しかし、お昼に行った店のご主人に「お茶は似合わない」と言われて、早速日本酒を少し飲んでしまった。 仕事は退院後2週間で復帰、忙しい日々に戻った。その後間もなく退職してしまうのだが、これは入院と自宅療養で怠け癖がついて、働けない体になってしまったのが理由ではない。と、思う。 現在は定期的に経過を見ている。再発、手術はなるべく避けたい。そのために、まずは体を冷やさない、脂肪をとりすぎない、体を動かす。 子宮筋腫は予防出来ない。しかし大きくならないように、そのスピードを下げることは出来るかもしれない。 女子高生時代、校医の先生が「冷えないようにしなさい!」とうるさく言っていたのを思い出す。 今、女子高校生はストッキングをはかないが、毛糸のパンツが流行っていると聞く。地べたに座り込む彼女たちを見ると「子宮筋腫になっちゃうよ」と声をかけたくなる。 |
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99年夏に倒れて、恋人との仲も揺れた。子宮筋腫をきっかけに、いろんな話をした。絆は深まったと思う。これからも彼と一緒、筋腫ちゃんも一緒だ。 <了> |
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| (2001.2) | |