私はつぶされない
小俣ラム
 昨今、キャリア官僚や警察官や教師やマスコミ関係者による不祥事がオンパレードだ。強姦、猥褻、痴漢行為なども発覚すれば報道され、当事者は逮捕され、職を失っている。 一般企業でもそれ相当の処分がなされるはずである、普通は。

 酔っ払って会社の女性たちの飲み会に乱入し、「若いのこっちへ来い!」などと騒いで、スカートの中に手を突っ込む。

 これは次の日にミスタードーナツを差し出して、謝れば済むような行為ではない。

 女性たちの怒りは収まらなかったが、抗議はできなかった。それは彼女たちが正社員という立場ではなかったからかもしれない。当人は異動になり年月は流れた。

 今では飲み会の度「あいつはいないだろうな」と笑い話になっているという。なんとまあ、社員に優しい会社だ。

 この話を聞いたのはその人が私の上司になって間もなくだった。その上司とは飲みに行かないと決めた。しかし部の歓送迎会などを避けるのは難しい。「やり手ばばあ」。彼は酒の席で私に向かってそう言った。

 職場での喫煙や、女性だけの当番制などについて提案をしたとき、「君の言うことは間違ってはいないけど、そんなことを言うとつぶされる」と、この上司は心配した。

 「いじめられるって事ですか?そんなことになったら、上司として部下を守って下さい。」「守れない、自分の発言には自分で責任を持ってほしい。」

 しかしその上司が守ってくれなくても、私に意地悪する人などいなかった。「みんなが君を嫌っている」と言って、私をつぶしにかかったのはその上司本人だった。

 部長が許可した委員会への参加を「俺は聞いていない、反対だ」と言って、事務局や人事に掛け合う。

 昼ご飯に一緒に行かないことを、私には聞かないで他人に穿鑿する。

 社外勉強会の懇親会で、他社メンバーに「彼女は勉強会の次の日、会社に来ない」とありもしないことを吹聴する。

 飲み会の翌日会社に来ないのは、その上司の方だ。会議やお客様との約束のすっぽかしも1度や2度ではない。何処へ行っているのか、何をしているのかわからない外出、立ち寄りも多い。「デスクに向かうのが仕事ではない」そうだ。

 議論を避け、質問に答えず、仕事の説明をしてくれない。私のミスの報告には過剰に反応する。

 「個人商店じゃないんだから」「ここはお前の事務所じゃない」「仕事を任せられない」「お前の責任だろ」。彼から私への言葉は、そのままお返ししたいと思うことがしばしばある。

 ある日私は腹痛で倒れ診療所に駆け込んだ。その様子を見た人は「ストレスかもしれないわよ。嫌いな人と仕事したりしてそういうふうになることあるのよ。今どこの部署だったっけ?ああ、あの人じゃあねえ」と苦虫をかみつぶしたような顔をした。

 その上司と仕事をしたことのある人は、彼をボロクソに言う。彼が原因で会社を去った人が何人かいる。

 私もその人たちに続いてしまおうかと思い詰めた。もう耐え難かった。私は会社で初めて泣いた。

 悩み抜いて、信頼できる人に相談した。話を聞いてもらって、厳しくも暖かい言葉をもらって、もう一度考えた。

 私だって評判のいい社員ではない。だが、一緒に仕事をしてみると「人から聞く話と違うね」と言ってくれる人は結構いる。

 私が辞めても誰かが彼の部下になる。

 上司がいやだからという理由で、私は会社を辞められない。会社で働き続けるにも、辞めるにも、理由はいくつも必要なのだ。

 この世は無常。状況は変わる、変えられる。私を苦しめたのは上司だが、私を救ったのも上司(もちろん別人)である。
(2000.5)