|
宇佐美君の彼女は「お隣さん」だった。いわゆる隣家ではなく、入る路地は別の住宅だった。それぞれの家屋の奥まったところにある子供部屋が、向かい合っているという。
ゼミの飲み会でその話を聞いた。 「宇佐美君の彼女ってどんな人?」 「隣の子だよ」 「幼馴染か」 「中学のときから付き合ってるからね。そうも言えるけど、初めから隣に住んでたんじゃないよ。中学卒業して、しばらく別れてた時期があって、彼女から『引越した』っていう電話があってね、住所を聞いたら『なんか近そうだね』って。そしたら隣のブロックだったんだよ。しかもいわゆる裏の家」 「狙って引越してきたのかね?」 「そういう策略家ではないね」 「そんなことがあるんだねえ」 「同じ中学で付き合い始めて、別れたり、また付き合ったり、そんな感じよ」 「家族ぐるみのお付き合いとか?」 「いや、まあ知ってるぐらいのもんよ、親同士は」
あのカーテンの向こうはどんな部屋なんだろう。目を擬らしても暗くてよく見えなかった。そろそろみんなもピザを食べ終わった頃だろう。下の階に戻った。
うんざりするような作業は三田祭当日朝まで続いた。
三田祭は四日間、交代で研究発表の教室に詰め、見学に来た人に説明をする。私の担当は初日と三日目だった。
今にして思うと、私はこの頃睡眠不足とストレスで少しおかしかった。
三田祭二日目は研究会発表とは全く関係ないが、朝から学校に来て、メインステージで繰り広げられるイベントを見続けた。
ダンスサークルの発表や、ミスコンや、お笑いを見ていた。それは一番前の席を確保するためだった。私のお目当ては、間もなく公開される映画「私をスキーに連れてって」のキャンペーンイベントに登場する俳優三上博…ではなく、原田知世ちゃんだった。
私はデビュー当時から彼女のファンだった。繊細で寂しそうなんだけど、強さを秘めている。甘すぎない顔立ちも、すっきりした髪型も大好きだった。
三田キャンパスの周りには花屋が多い。私は知世ちゃんに渡そうと、名前も知らない変わった花を持っていた。フィフティーズのマイクのように大きくて、一輪だけど両手で抱えるほど重たい。
それを持って、ミルクの白いジャンパースカートに茶色い大きな襟の短いコートを着て、朝からステージ最前列で待機する女。危ない。
いよいよ知世ちゃん登場。黄色い声はもっぱら三上博に向けられていた。私の目は知世ちゃんに釘付けだった。実物はやはりかわいい。
イベントはあっという間に終わり、知世ちやんが手を振る。私は花束を差し出す。スタッフに制止される。「イヤ!知世ちゃん!」と叫ぶ。知世ちゃんが近づいてきて、花を受け取って「アリガトウ」と囁く。感激のあまり泣く。かなりヤパイ、いっちゃってる人だ。一緒に見ていたゼミの美咲は驚きながらも「よかったね」と言ってくれた。
三田祭最終日、翌日の打ち上げと飲み会が続いた。中本っちゃんは介抱のしようがないほど荒れていた。
私はゼミの担当教授である猿木先生に遅刻をひどく注意された。授業にも遅れるが、みんなで勉強会というときに何時間も遅れたりするから当然だ。先生は優しかった。それでも「二度としません」と言えない自分が情けなかった。
いろいろあったが、三田祭を無事終えて、みんなの関係は深まった。「ゼミの同学年仲間」としてのまとまりが出てきたように思えた。
私にとって宇佐美君は「面白い男の子」だった。 女子高の仲間とゼミの男の子で合コンを企画した。私の手際の悪さで男子は宇佐美君と菅井だけ。なんともしょぼい合コンになってしまった。だけど私はその後宇佐美君と白山ラーメンを食べて、車で家まで送ってもらったのが楽しかった。
当時の彼氏林君に対する後ろめたさは、少しあった。でも「それだったらもっと私と遊んでくれればいいんだ」と思った。彼は体育会系クラブ活動が忙しい真面目な学生で、私と深夜に遊び歩いたりすることは無かった。
林君と宇佐美君はお互いの存在を知っていた。ゼミの飲み会に林君を連れて行ったこともあった。林君にも会いたかったし、ゼミの飲み会を欠席するのもいやだったからだ。私の我がままで、林君とゼミのみんな、双方に気まずい思いをさせてしまった。
だけど今夜の事については、こういう言い訳もできる。「ラーメンを食べて送ってもらうのは『デート』ではない。」
「なんで林君なの?」 その夜宇佐美君が私に尋ねたのも、特別私に気があったわけではないだろう。しかし私は宇佐美君に向かって「好きだもの、林君は周りにいるどの男の子より一番素敵」とは言えなかった。林君は「好き好き大好き」、宇佐美君は「好き」。そういう違いだった。
|